ご先祖様に誇れる生き方をしよう

人生をどのように生きたら良いのか?

人としてこの世に生まれた限りは、必ず一度は考えてしまう内容だと思います。私も、ずっと考えてきました。

26歳でうつ病を発症し、一度寛解したものの34歳で再発。そしてその時に、発達障害であることも分かりました。

1回目のうつ病のときは独身でしたが、2回目のうつ病再発の時は妻子がいる状態。簡単に仕事も辞めれませんし、家でも小さな子供がいる状態で寝るばっかりとはいきません。

もうこれからどうやって生きて行ったらいいのかと考えていたときにパッと頭に浮かんだのが、「ご先祖様に誇れる生き方をする」ということです。

今回は、私がそのように思うようになった理由についてお話していこうと思います。

ご先祖様に誇れる生き方とは?

まず最初に、私が考える、私自身にとってのご先祖様に誇れる生き方というのを発表したいと思います。

それが、こちらです。

「発達障害&うつ病と仲良く付き合いながら、前向きに楽しく生きていく」

です。

発達障害やうつ病自体はきっと良いといったものでも悪いといったものではなく、それをどう受け取るかが非常に大事なことだと思いました。

発達障害やうつ病だからといって悲観にくれるのではなく、そんな自分を受け入れて楽しく生きていく、それが、とても大事なことだと感じました。

うつ病と発達障害から逃れられない

人は、十人十色。

十人いれば、十通りの生き方があると思います。

そして、自分として生まれたからには、自分自身として生きるしかありません。

この世の中、誰もが五体満足、精神面も何ら問題ないという状態で生を授かれば良いのですが、どうもそういった仕組みにはなっていないようです。

私は、幸いにも五体満足で生まれることができましたが、心の方はそうはいかなかったみたいです。

何とか普通の人ができることを普通にできるように頑張ってきましたが、どうしても上手くいかない部分がありました。

特に、私の場合やしゃべることを始めとして、人とのコミュニケーションが上手く取れないところがあったので、そこがどうしても仕事をする上でのネックになってきました。

もちろんそれは自分でも分かっていて、何とか改善しようとがんばってきました。

そうすると、表面上は普通の人っぽくコミュニケーションが取れるようになってきたのですが、しょせんそれはメッキでした。

仕事の負荷が大きくなってメッキでは耐えきれなくなると、メッキはあっという間に剥げてうつ病になってしまいました。

それに合わせて、自分が発達障害であることも分かりました。

これが分かったときは、本当に苦しかったですね。

発達障害から来るコミュニケーション能力の不足は、そもそも脳の発達具合によって引き起こされる先天的なものなので、努力の部分ではどうにも解決できないことが分かったからです。

人間、自分という檻から出ることはできません。一生、うつ病と発達障害を背負ったまま生きていかないといけないのです。

この運命から、絶対に逃れることはできません。

うつ病、発達障害の中でどう生きるか?

かといって、絶望にくれているだけでは何も始まりません。

妻子もいるので、きついからといって簡単に仕事を辞める訳にはいきません。

しかし、いかんせん、普通のことを普通にやるのが難しい。何とか努力して表面上を見繕ったとしても、おそらくまた限界が来てうつ病再発の繰り返し。

そんな中でもどうやったら挫けずに生きていくかを考えたときに思い浮かんだのが、「ご先祖様に誇れるような生き方をする」でした。

自分の体は、両親を始めとして、代々生き抜いてきたご先祖様から頂いたかけがえのない体です。

うつ病と発達障害は、その体の中の一つの立派な個性です。

そう考えて、前向きに生きていけたらと思います。

自分がいるのは、代々のご先祖様が命を紡いできたから

今、自分がこの世に生まれているという事実があるのは、代々のご先祖様が命を紡いで来たからということには間違いありません。その中の、一人でも欠けていたら自分は存在していなかった訳です。

そして、ご先祖様の中には、想像もできないような苦難を乗り越えて命を紡いで来られた方も何人もいらっしゃると思います。

そうやって必死に紡がれて来て頂いたこの命、このことにしっかりと感謝しなければいけないと感じます。

終わりに

以上で、私が「ご先祖様に誇れる生き方をしよう」と思った理由についての話を終わります。

「どのように生きるのか」という悩みは、人間にとって死ぬまで続いていく悩みだと思いますが、これを一つの答えとして、これからの人生を楽しく前向きに生きて行けたらと思います(^^)