自分に地獄の苦しみを与えていた感情は、実は最強の盾だった

地獄の苦しみ。

人生、このように感じることはいくらでもあると思います。

そして私も、生まれてこの方、34歳になるまで、とある感情に地獄の苦しみを与えられていました。

その感情のせいで、うつ病になって死ぬほど苦しい思いをしました。まさに、地獄の感情といっても過言ではないものでした。

しかし、34歳になって人生2回目のうつ病にかかったとき、その地獄の感情は実は自分を守ってくれていた最強の盾であったことに気づきました。

このような考えに至った経緯を、このページでお話していこうと思います。

自分を苦しめる地獄の感情

私には、自分を苦しめる地獄の感情というものがありました。

場所は、そうですね、後頭部の首筋辺りにあるのですが、この感情が、とにかく私を苦しめるんです。

究極に苦しめられた結果、26歳にして人生初回のうつ病にかかって死にそうになり、一度寛解したものの今度は34歳で再発してまた私を苦しめる。

そんな感情が、私の中にはありました。

地獄の感情に感謝してみた

そして、34歳になって2回目のうつ病になったとき、当たり前のようにこの地獄の感情が出現しておりました。

そんな中で、なんとか良くならないかと思ってメンタルヘルス的な本やネットを読み漁っていたのですが、その中で、「感謝が大事」と書かれているものがありました。

「感謝が大事」、これって、何も特別なことではなく、メンタルヘルス系の本やネットであれば当たり前のように書かれていますよね。

もちろん、私も知っていましたし、やったつもりになっていました。

しかし、あるネットのホームページの中で、「良いことはもちろん、悪いことにこそ感謝すべき」と書かれていました。

自分の人生の中で、嫌な人、嫌なもの、嫌なことほど感謝してみなさいと。

それを読んで、ふと、なら自分に地獄をもたらすこの感情にも感謝しようかなと思ったのです。

そうしたら、それが最強の盾であることに気づいた

そんな感じで、この地獄の感情にひたすら感謝していたら、あることに気づいたのです。

実はこの地獄の感情は、自分のことを必死に守ってくれていた最強の盾であることに。

そう、自分が地獄地獄と思っていた感情は、実は自分にとって一番心強い味方だったのです。

もしうつ病にならなかったら

もし、この地獄の感情が発動せずにそのまま仕事を続けていたらどうなったかを考えてみました。

もしうつ病にならなければ、もう自分の限界をとっくに超えているのに、まだ無理して限界を超えた仕事を続けていたかもしれません。

その先に、何があるのでしょうか?

あるのは、おそらく過労によって体のどこかを壊すか、最悪の場合、過労死という結果にまでなっていたかもしれません。

しかし、私の場合は、この地獄の感情が自分を先に苦しめてくれてうつ病になったことにより、強制的に満足に仕事ができない状態になりました。

その結果、幸いにも、体のどこも壊すこともなく、過労死することもなく、今を生きることができています。

人生のピンチの時ほど出現してくれる

そんな感じで人生を振り返ってみると、やはりピンチの時ほどこの地獄の感情が出現して、自分を守ってくれていることが何度もあることを思い出しました。

この感情は、必死に自分に対して警告を送ってくれていたのですね。今、ピンチだぞ、今、まずいぞって。

それなのに、私はこの感情に対して自分に地獄をもたらす悪者決めつけ、無くなればいいのにと思っていました。

たぶん、この感情が無ければ私は今まともに生きることができていなかったにも関わらず。

今は、この感情に全力で謝りたい気分です。そして、こう言いたい。

「今まで、自分のことを守ってくれて本当にありがとう」と。

人生で何があっても、この感情が守ってくれる

最終的には、「人生で何があっても、この感情が守ってくれる」と思えるようになりました。

これから先のまだ長い人生、この世で果たすべき使命を終えてまたあの世に帰るときまで、ずっと守ってくれると思います。

まだまだ泣きたいくらい苦しいことが人生では起こると思いますが、この感情と共に、一生懸命乗り切っていけたらと思います。

終わりに

以上で、自分を地獄のように苦しめていた感情が、実は自分を守ってくれる最強の盾であったことに気づいた話を終わります。

この世の中、光があれば影があると言います。逆に言えば、影があるところには必ず光があるということになります。

この自分に地獄の苦しみという濃い影をもたらしていた感情は、実は自分を守ってくれる最強の盾という大きな光の部分があったのですね。

34年間生きて、2回目のうつ病になって、ようやくこの光に気づくことができました。

もしかしたら、2回目のうつ病の真のメッセージは、この光にいい加減に気付けということだったのかもしれませんね。