子を養いて教えざるは父の過ちなり、訓導して厳ならざるは師の惰りなり


「子を養いて教えざるは父の過ちなり、訓導して厳ならざるは師の惰りなり」

中国の古典である「古文真宝」という書物の中に出てくる言葉です。

私も父親になり、仕事では後輩に教える立場になりました。

そんな状況でこの言葉がとても心に残ったので、今回はその感想を書いてみたいと思います。

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子を養いて教えざるは父の過ちなり


まずは、「子を養いて教えざるは父の過ちなり」という部分からです。

これは、現代の父親にとっては非常に大切なことではないかと思います。

父親は、養うだけではダメ

実は私もこの言葉に出会う前はこのように考えていたのですが、父親の最大の役割は「妻と子供を養うこと」だと思っていました。

これは間違いではないとは思いますが、特に子供に対してはこれでは不十分なのですね。

毎日しっかりと働いてお金を稼いで、子供を養うことができていれば父親としては合格と思って満足する。

現代の父親はほとんどの人がこのように考えているのではないでしょうか?

仕事はきっちりと頑張るけど、子供の躾や教育は基本母親に任せっきり。

最近は教育ママという言葉は聞きますが、教育パパという言葉は全く聞かないですしね。

私も、そのように考えていました。

しかし古文真宝によると、このような状態は父親としてはダメだと言っているのです!

これは私的にはかなり衝撃を受けました。

今のような気持ではダメなんだと痛感しました。

今思い返してみれば、自分の父親もそうだったなと思います。

確かに私を食べさせてくれてきちんと大学まで出させてくれて養ってはくれたのですが、何かを教えてもらった記憶はあまりありません。

それでは父親として足りないんですね。

子供に何を教えるか?

そのため、私自身も子供を養うだけではなくて、可能な限り子供にいろいろなことを教えていこうと思います。

じゃあ何を教えるべきかを考えると、特に何かとは決めずに自分の教えることができるものは全て教えていくぞという気持ちで良いのではないかと思います。

まがりなりにも30年以上生きてきたのですから、それなりに色々なことを学んできたし経験も積んできました。

一般的な生活習慣やマナー、勉強そのものや勉強のやり方、人との付き合い方や社会での生き方など、子供に教えることができることは考えればたくさんあります。

それらのことを、きちんと子供に伝えることができればと思います。

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訓導して厳ならざるは師の惰りなり

次の言葉は、「訓導して厳ならざるは師の惰りなり」です。

これは今の会社に入って10年経ち、だんだん後輩に教える立場になったとき、心に刻んでおかなければと思った言葉です。

後輩に厳しくするのって、意外と難しいんですよね。

やはり先輩になっても一人の人間ですから後輩に嫌われたくはないし、むやみに厳しくしても後輩はついてこないし。

なので、なかなか厳しく教えるというのは今までできていませんでした。

もちろん仕事は教えているのですが、あくまでも優しく丁寧に教えるように心がけていました。

しかしこの言葉では、教える立場で厳しくしないのは教える立場の人間の怠けだと言い切っています!

ということは、今まで優しく後輩に教えていた私は、なんと怠けているだけだったということになります!

言われてみれば、これは確かにそうなのかなと思います。

教える立場にしてみれば、厳しくするよりも優しく教える方が精神的には楽ですからね。

ということは、やはり怠けていることになりそうです。

こちらもこれからは心を入れ替えて、心の奥底では後輩に対しての優しい気持ちを持ちつつも、怠けずに厳しく後輩にいろいろなことを教えていけたらと思います。

まとめ

以上が、「子を養いて教えざるは父の過ちなり、訓導して厳ならざるは師の惰りなり」という言葉から私が感じたことです。

まとめると、下記の通りです。

≪子を養いて教えざるは父の過ちなり≫
→子供を養うだけではダメで、ちゃんと教えることが大切!

≪訓導して厳ならざるは師の惰りなり≫
→後輩を教えるときに優しくするのは、先輩の怠け!優しい気持ちは持ちつつも、教えるときは厳しく!

これからは、このような考え方で生きていきたいと思います!

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