俺達はこの曲で育った!昭和60年(1985年)生まれが聴いてた歌手


音楽

文明の始まる有史以前から、人間と共に歩んできた芸術。

現代では、様々な歌手によって色んな音楽が出てきています。

そして特に記憶に残るのが、子供の頃に聴いていた音楽。

このページでは、昭和60年(1985年)生まれの私たちが子供の頃に聴いていた歌手について、思い出してみようと思います。

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宇多田ヒカル


私にとっては、神様とも呼べるべき存在だった宇多田ヒカル。

今まで生きてきた中で最も好きな歌手であり、それは死ぬまで変わらないと思います。

彼女の歌声を超える持ち主の歌手は、この世に存在しません。

宇多田ヒカルがデビューしたのは、当時中学生くらいだったでしょうか。

デビュー曲の「Automatic」で突如衝撃的なデビューを飾り、1stアルバムとなった「First Love」日本で700万枚以上売れ、今でも歴代1位の記録となっています。

この記録は、もう2度と破られることはないのではないかと思います。

浜崎あゆみ


当時、宇多田ヒカルと双璧を成す存在だった浜崎あゆみ。

宇多田ヒカルがどちらかと言えば歌だけだったのに対し、浜崎あゆみはそのファッションも含め、時代の最先端を行くリーダー的存在でもありました。

そのハスキーボイスに魅了された人は数知れず、同世代の誰もがあゆの曲を聴いていました。

今でも覚えているのが、2001年に発売された浜崎あゆみの「A BEST」と、宇多田ヒカルの「Distance」の両アルバムが同日発売となったこと。

二大歌姫のアルバムの同日発売ということで、当時も大きな話題となりました。

そして初週の売り上げは、浜崎あゆみの「A BEST」が287万枚、宇多田ヒカルの「Distance」が300万枚を記録。

想像もつかないようなものすごいハイレベルな戦いでしたが、わずかに宇多田ヒカルの勝利。

こんな歌姫同士の対決は、もう2度と見ることはできないでしょうね。

安室奈美恵


浜崎あゆみの一世代前の歌姫といえば、安室奈美恵。

とは言っても、2016年リオオリンピックのテーマソングに彼女の曲が選ばれるなど、今でのその人気は衰えていません。

浜崎あゆみと同様ファッションリーダー的な存在でもあり、彼女のファッションの真似をする人のことを「アムラー」と呼び、時代の最先端を行っていました。

彼女の代表曲として一番に思い浮かぶのが、「CAN YOU CELEBRATE?」です。

とても素晴らしい結婚ソングで、結婚式でもたくさん使われました。

ただ、ご本人自身ががあのようなことになってしまいましたので、今では結婚ソングとしては縁起が悪くて使えませんが……

SPEED


SPEEDは、新垣仁絵・上原多香子・今井絵理子・島袋寛子の沖縄出身4人組のユニットでした。

デビュー当時の平均年齢は13.5歳で、全員が小・中学生だったことが大きな話題になりました。

昭和60年生まれの私たちからすると2歳程度上になる、言わばお姉さんと言った感じ。

一番自分たちの年に近かった歌手であり、憧れていた存在でもあります。

代表曲「White Love」のあの振り付けは、クラスの誰もが踊れました。

30代に突入した今でも、カラオケで誰かが「White Love」を歌ったときには、ついついあの振り付けをやってしまいますよね。

福山雅治


果たして、この世にこれほどまで完璧な男が存在するでしょうか?

良く、天は二物を与えないと言ったりしますが、この福山雅治には何物も与えられているように思います(笑)

歌が上手くて、ギターも弾けて、役者もできて、ラジオもできて、笑いも取れる。

こんな男、他のどこにもいません。

「桜坂」などの数々のヒット曲を生み出し、男性ソロアーティストとしては歴代1位のCD売り上げも誇る福山雅治。

カラオケでは、誰もが1度は歌ったことがあると思います。

モーニング娘。


元祖アイドルと言えば、この「モーニング娘。」。

そして私たちの世代は、この「モーニング娘。」が生まれた時を知っています。

ASAYANというオーディション番組から生まれたユニットで、代表曲の「LOVEマシーン」は当時社会現象となり、学生さんやサラリーマンなど、日本全国の老若男女全員がこの曲を歌っていました。

ケツメイシ


私たちの世代がケツメイシを良く聴いていたのは、高校から大学にかけて。

日本語のラップが流行だしたときで、ケツメイシの曲も良く聴いていたのを思い出します。

ケツメイシの曲は、ドライブにとても良く合います。

一人でも友達とでも、車の中でケツメイシの曲が流れると盛り上がります。

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Mr.Children


あまりにも名曲が多すぎで、代表曲と呼べるものがいっぱいあるミスチル。

小学生から大学生になるまで、常に私たちの側にあった音楽と言っても過言ではありません。

私たちの世代では、カラオケにいってもミスチルは必須。

誰もが知っていて盛り上がる曲ばかりなので、上手く歌えるように家でこっそりと練習していたものです。

スピッツ


当時の4人組バンドで、ミスチルと肩を並べていたバンドです。

CDの売り上げや知名度はややミスチルより劣っていた気がしますが、その代わりコアなファンが多かったですね。

代表曲の「チェリー」は、本当にいい曲だったと思います。

そのため、中学生の頃に行った修学旅行のバスの中では、エンドレスリピートでみんなで歌っていました。

ポケットビスケッツ


ポケットビスケッツは、「ウッチャンナンチャンのウリナリ!」というテレビ番組の企画で生まれたユニットです。

千秋とウッチャン、ウド鈴木の3人で構成されています。

番組の企画で生まれたユニットにしては大当たりをし、「YELLOW YELLOW HAPPY」や「Red Angel」といったミリオンヒットも飛ばしています。

当時番組では、対抗勢力として生まれたナッチャン率いるブラックビスケッツとの対決が面白くて毎週見てました。

また、ポケビ解散を掛けた100万人署名という企画がありましたが、それに署名してポケビ解散を阻止したりもしましたね。

B’z


天才という言葉は、まさにこのB’zの2人のことを指した言葉なのかもしれません。

ボーカル・稲葉浩志の歌声と、ギター・松本孝弘の演奏は、他の誰にも真似できない独創的なもので、他の歌手とは一線を画します。

ただ、B’zの曲はカラオケには不向きでした。

天才すぎて、一般人には歌えないのです。

いつかB’zの曲をカラオケでカッコよく歌ってみたいなとは思うのですが、一生実現しそうにはありません(笑)

JUDY AND MARY


そのポップな曲調と明るい歌声でファンが多かったジュディマリ。

特に、アニメるろうに剣心のオープニングテーマだった「そばかす」は好きな人が多かったですね。

ボーカルのYUKIちゃんの明るい歌声で、いつも元気をもらっていました。

ZARD


上のジュディマリとは対照的に、爽やかな歌声で人気を博していたZARD。

代表曲の「負けないで」は、運動会などでいつも流れていました。

そしてZARDは、岡本真夜と曲調や歌声が似ており、たびたび混同してしまいます。

岡本真夜の代表曲「TOMORROW」をZARDの曲だと思っている人は意外と多かったですね。

まとめ


以上が、昭和60年(1985年)生まれの私たちが子供の頃に聴いていた曲です。

こんなことを書くと年を取ったと言われていまいそうですが、やはり今の曲より昔の曲の方が良いですよね!

思い出がたくさん詰まった名曲を、いつまでも聴きながら生きていきたいですね。


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