山口県萩市の旅行記!世界遺産松下村塾と萩本陣の温泉!


私たち夫婦の子供がまだ妻のお腹にいたころ、私たち夫婦と妻の両親で山口県の萩市に旅行に行ってきました。

萩は、花燃ゆでも有名になったように、幕末の維新志士を数多く輩出した歴史の町です。

宿泊は、萩市内を一望できる「源泉の宿 萩本陣」

今回は、そんな萩旅行についてお話ししていきます。

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萩へ出発!


今回の旅行は、妻が妊娠7ヶ月、安定期の時に行きました。

これから先、子供が生まれるとなかなか旅行にも行けなくなりますので、出産前の最後の思い出づくりの意味を込めてです。

新下関駅で待ち合わせをしていた妻の両親を迎えに行き、いざ、萩へ出発です!

下関ICより中国道に乗って、一路萩へ向かいます。

最近は、小郡萩道路という無料道路ができて、萩が近くなりました。

昔は下関方面から萩に向かおうと思ったら、美祢ICで高速を降りて、そこから下道で萩にへ向かうしかありませんでした。

しかし、小郡萩道路が部分開通してからは、秋吉台の少し先の絵堂というところまで高速で行けるようになりました。

この道が全線開通して萩まで直通で行けるようになれば、更に萩が近くなるので開通が待ち遠しいです。

道の駅 萩往還

車で萩に行くときにまず最初に寄りたいところは、「道の駅 萩往還」です。

小郡萩道路から県道32号を使って萩を向かう時、萩往還という道を使います。

その道の萩市街の入り口にあるのが、この道の駅です。

食事処やお土産品売り場のほか、松陰記念館という歴史散策ができる場所もあります。

建物の前では、維新志士達の銅像がお出迎え。

写真の左から、高杉晋作、吉田松陰、久坂玄随です。

当時の松下村塾の様子が、人形で再現されています。

日本を変えるための方法について熱く議論している話が、今にも聞こえてきそうな迫力です。

これは、留魂録という、有名な吉田松陰の遺書ですね。

「身はたといひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留置かまし 大和魂」

冒頭に書かれているこの句は、しびれますね。

例え自分の身は処刑されて無くなったとしても、日本をどうにかしようというこの想いだけは決して消えることはないということですね。

事実、その想いは松下村塾を始めとする日本中の維新志士たちに伝わり、遂には新しい日本を築くまでになりました。

吉田松陰の生き様には、本当に感服するばかりです。

萩城跡指月公園

道の駅の後に向かったのが、萩城跡指月公園です。

その名の通り、江戸時代に現在の山口県にあたる長門と周防の二国を治めていた、毛利氏の萩城があった町です。

現在はお城などの建物は無く石垣だけが残されており、観光スポットになっています。

この指月公園は桜の名所でもあります。

毎年春になると、たくさんの桜の花が咲き誇り多くの花見客が訪れます。

今回訪れたのはちょうど桜の時期だったため、美しい桜も見ることができました。

萩本陣に宿泊

本日のお宿は、宿から萩市内を一望できる「源泉の宿 萩本陣」

萩に来たら是非とも一度は泊まりたい、歴史ある老舗旅館です。

食事、サービス、温泉ともに言うことなしです。

食事は、地元萩の素材をふんだんに使った懐石料理。

日本海の荒波に鍛えられた魚などの海の幸、豊かな山陰の山で取れた山の幸の両方を楽しむことができます。

また、日本で唯一の純粋和牛である国の天然記念物「見島牛」とのブレンドで誕生した「見蘭牛」を食べることもできます。

見蘭牛の口の中でとろけるような絶妙な味と触感は、他の牛肉とは一線を画するものがあります。

地下2,000mから湧き出る温泉は、2万年前とも言われる古代の湯、化石水が源泉です。

ナトリウム、カルシウム、塩素などのミネラル分をたっぷりと含んだ温泉です。

お風呂は内風呂も露天風呂もとても広く、ゆったりと浸かり至福の時間を過ごすことができます。

効能は、美肌や神経痛、関節痛などがあると言われています。

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松陰神社&松下村塾&吉田松陰歴史館

翌日は、松陰神社&松下村塾&吉田松陰歴史館に行きました。

これら3つは同じところにあり、萩本陣からもとても近いです。

松陰神社はその名の通り吉田松陰を祀った神社で、地元では学問の神様として親しまれています。

松下村塾は、何と今も当時の状態のままの建物が残っています。

吉田松陰歴史館は、吉田松陰の生涯についての資料が、数多く展示されています。

これは、松下村塾の隣にある吉田松陰の旧宅です。

すなわち、杉家の家ということですね。

これも、当時のままの姿で残っています。

大河ドラマ花燃を思い出しますね。

これが、松下村塾です。

再建ではありません。

正真正銘、松陰たちが建てた建物です。

2015年には、世界遺産にも登録されました。

何か、松陰たちのいたころの雰囲気を今でも感じます。

ここから、パワーをもらえそうです。

この上の写真からは、吉田松陰記念館にての写真になります。

この記念館では、当時の様子がジオラマで再現されています。

こちらは、杉家の写真ですね。

写真左から、父:百合之助、長男:梅太郎、次男:寅次郎、長女:千代、次女:寿、四女:文、母:滝です。

(三女の艶は早世したため、三男敏三郎は産まれていないためかいませんでした)

みんな、花燃ゆでおなじみのメンバーたちですね。

これは、文と久坂玄随の結婚式の様子ですね。

吉田松陰の妹と、吉田松陰の一番弟子だった久坂との結婚は、まさに最高のカップルです。

これは、吉田松陰が幕府からの裁判を受けているところです。

吉田松陰は、大老井伊直弼による安政の大獄の最後の死者となりました。

しかし、留魂録に書かれた通り、残された魂は維新志士たちを突き動かし、その後の明治維新につながりました。

以上のように、吉田松陰記念館では、松陰の生涯について一から学ぶことができます。

維新が起きたのは、まだたったの150年前。

150年前にこんな熱い男が日本にいたのかと思うと、自分もがんばらなければと思いました。

まとめ

以上が、妻出産前の思い出づくりとして行った萩旅行です。

最高の思い出ができた他、日本の歴史についても学ぶことができました。

明治維新の震源地になった萩、現代社会を生きる今、訪れることができて非常に良かったです。

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